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納品調律から2ヶ月も経過していないのに、4個所もユニゾンが狂いだした。最悪な個所は納品時にも狂っていた場所で現在は10ヘルツも狂っている。今朝に再調律に来てもらったが、相当の個所のピンをかちこんでいた。夕方にはもう2個所も狂った。これはやばい!。うちのピアノは最後が近く断末魔状態だ。ピンをかちこんだのでピン板が割れたかもしれないし、これから他の個所も連鎖したように狂いだすだろう。そうなるとオーバーホールだ。最低でもピンを総入替え、ピン板が割れてたら再起不能だ。再起できるが費用が払えない。

ピアノ屋に瑕疵責任であることを理解してもらって返品の手続きをしよう。ピアノ自身は古いところが暖かくてほっとした感じだったし、せっかく体に馴染んできたのに未練はあるが、実用に耐えなければ楽器ではない。フィーリングとかの問題でなく★音★が狂う。もう楽器ではない。

あと業者は、勧められるまま任意でつけたメンテナンス契約も垂水に引越すと打ち切りになると提示していきた。このピアノから逃げている印象も受けたし、"聞いてないしそんな無責任でどうする"と不信感も芽生え始めた。どうも中古ピアノ業界は怪しいな。

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by 1959-01-28 | 2017-11-30 20:40 | お楽しみ(音楽/映画/本/写真etc) | Comments(0)

帰りは夜道で霧だった。すごく疲れるのでSA毎にとまって休憩をした。そしてそのSAにある"ジャージ牛乳"製品をかたっぱしから食した。黄色い脂肪分の上澄みが美味しい"ヨーグルト"、試食で食べ放題だった"チーズケーキ"、定番の"ソフトクリーム"を食べた食べた。帰宅したとたん便所にかけこんだ。すっきりして爆睡した。明け方エッチな夢をみた。退職前の職場にいたアラサーとアラフォーの女性二人がなぜか添い寝してくれている夢だった。にやにやして起きたら何年かぶりに"男"に戻っていた。これは"ジャージ牛"効果だろう。そういえば、立読みした週間ポストにも"お盛んな老人は肉を食べている"と書いてあった。信じて試しても私はそうはならなかったが、私の場合は同じ蛋白質でも乳製品がよいのかもしれない。ただし下痢は必須だ。こんなこと垂水のママさんには言えないが、言ったら言ったで「ほら雪女が現れた」と言いそうだ。
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by 1959-01-28 | 2017-11-30 19:47 | お出かけ・出会い・おいしいもの | Comments(0)

満洲味というお店に行った。大山は牛を主体とした畜産業が多いからかな、、ここが"牛骨ラーメン"発祥の店らしい。住宅地の場末のスナックのような喫茶店のようなお店だった。美味しかった。腰のある太い丸麺と、醤油味の濁ったスープは完食した。こんなに歴史があって美味しくて夕暮れ時なのに、お客は私と寡黙な近所のお兄ちゃんだけだった。お兄ちゃんは普通のラーメン一杯ですぐ帰っていった。こんな感じが"米子"なのかな、、。
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by 1959-01-28 | 2017-11-30 19:29 | お出かけ・出会い・おいしいもの | Comments(0)

植田写真美術館をあとにしてジャズ喫茶へ急いだ。

一軒めは"カフェ遠音"。最近出来たようだ。同じ年位のご夫婦でされている。米子駅から2キロも離れていないが、大変静かな街道筋の集落にあった。こじんまりしていて、シンプルな外・内装だが、趣味がよかった。本も一杯あったが、ご主人の"ラジオ技術"とか"ジャズ批評"とかの蔵書が大半を占めていた。お客さんがまたすばらしく、少しダンディなご老人たち数人が、寡黙に本を読みながら、アルティックから流れるジャズに聴き入っていた。その中のお一人は人工透析器のキャリーバッグ持参だった。「あ~、こんなお店が近くにあったら、地方でのご隠居生活も楽しいな」とおもえる素敵なお店だった。こういうお店はたいがい、奥さんが可愛らしい感じの方が多いが、そのとおりだった。ご主人がうらやましいなとおもった。

もう一軒は"ずーじゃ"だが閉まっていた。こっちはもっと隠れ家なところだった。
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by 1959-01-28 | 2017-11-30 19:20 | Comments(0)

今回の最大の目的地がここだった。このミニマル建築にも興味があった。今は人恋しくて懐古+民藝主義まっしぐらだが、数年前までは完全なミニマリストだった。来てよかった。ごらんのとおり、私の車だけでほぼ独り占めだ。時々、観光客が入ってくるが、展示も少なく"Ueda-cho"なのでみんなすぐに出て行く。

カメラオブスキュラになっている視聴覚室を占拠してVTRを2回も観てしまった。そのVTRで植田先生がインタビューに「私はアマチュア=シリアスカメラマンだ、撮りたいものを撮る」「年寄りになることを一番嫌う」と答えている個所を心に焼き付けるためだ。自分も"アマチュア老人"だと自覚を新たにした次第だ。

垂水のママさんからメールが来た。「作品の絵葉書を買ってこい」という指示だ。植田先生は時代によってテーマがちがう。どの時代かと電話で確認したら「あなたが良いとおもえばそれがよいのよ」との事だった。女心ではないか、、困ったな、、。とりあえず、試行錯誤が吹っ切れた初期の名作"少女四態"とあと数点、後期の"砂丘モード"を数点買った。私は初期の作品が好きだ。パワーが有りギラギラしている。"砂丘モード"はプロとしての仕事だ。植田先生、少し主張とちがうような気がします。
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by 1959-01-28 | 2017-11-30 19:01 | お出かけ・出会い・おいしいもの | Comments(0)

なんか"痛い"女子のブログの写真のようになった。これを垂水の喫茶店のママさんにメールした。そしたら「雪女にたぶらかされておいで!」と返信が来た。女性と一緒だと勘違いしたのかな?こんな"へんこ"に付き合ってくれる女性はいない。これは"ジャージランド"あいにく小雨だったが、その分、人がいなかったので、存分に牧場の散歩を一人で楽しんだ。そばに乗馬場があった。30分・3千円位で素人でも乗せてくれるとのことだ。あいにく定休日だったので、トライできなかったが、一度の人生だ。おひとりでも乗ってみよう。子供たちがいない平日の真冬だな。
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by 1959-01-28 | 2017-11-30 18:37 | お出かけ・出会い・おいしいもの | Comments(0)

昨日は米子まで車で行った。途中で津山盆地が見えるPAに立ち寄った。ここは、若い時に米国へ赴任していた時の仲間がいる。みんな後輩だが、超優秀で旧帝大レベルの大学院を首席クラスで卒業し本社研究所に配属されたエリート研究者たちだった。出来の悪い私はそんな後輩たちのバックアップの役目だった。帰国したら次の最先端のテーマに移行するとおもっていたら、米国への事業移転をした時点で成長が止まった分野に留まり、その終焉までを製造の立場から見送る役目になってこの土地に20年以上いる。人生はその時の運だということがよくわかる事例だ。もちろん、それなりの処遇を受けているだろうが、、。
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by 1959-01-28 | 2017-11-30 18:28 | お出かけ・出会い・おいしいもの | Comments(0)

亡父と母親の恋愛→結婚時代の映画の件。29日の垂水での上演に連れて行く件を、今朝、施設の職員さんに母の意向を確認してもらった。「疲れるから行きたくない」とばっさり斬られた。母は強し、現実を生きている。
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by 1959-01-28 | 2017-11-27 21:24 | お出かけ・出会い・おいしいもの | Comments(0)

昨晩はやってしまった。結局、あれこれ想いをめぐらせてしまいワイン一本を空けて朝4時にやっと就寝できた。"ひこうき雲"はあかん。楽曲・アレンジ・ミックス全ては完成の極みだし、歌詞には、過去・ノスタルジーに誘う悪魔のフレーズが凝縮されている。まさに"お涙"曲集だ。批判ではないよ。本当にすぐれたアルバムだ。亡妻の件がなければ愛聴盤だ。

高校2~3年の青春という人生の超ピークにこのアルバムの人気がでてきていた。同級生の女子も少し背伸びした子はこのジャケットを学校にもってきていた。須磨から東の子にその傾向が強かった。垂水・舞子の子は少し幼く"アリス"を持ち込んでいた。男子も東の子はティンパンアレイ、西の子はビートルズ、ディープパープルだった。神戸は須磨の鉢伏山以東だと言われるが、音楽の流行りはそのとおりだったかな。

以下に大変おもしろいコンテンツを見つけた。松任谷由実さんとティンパンアレイがコントロールルームで16TRのマスターを聴きながら回想するというものだ。ポップス界の超エリートたちだ。コンテンツの進行は昔のアメリカの"ステーリーダン"もののパクリで、各TRを抜き出して聴いて回想していく。途中でふらふらとスタジオに入りセッションもする。https://www.youtube.com/watch?v=hXMpjpQimgQ&t=1492s

さすがに今日は体調が悪く何もできなかった。さっきマッサージに行ってやっと少し元気になってきた。すごくこっていた。この文章を書く前に「想い出+泣く+悲しい」で検索してみた。若い子でも結構、昔を思い出し悲しくなっているらしい。人間の性だな。しかし、いかんいかん、また1日を無駄にしてしまった。無駄だけではない、悲しいネガティブな気持ちで落ち込んだし、ピアノで"あの日に帰りたい"のAメロまで歌伴できるようになってしまった、、なんという回り道。これでは逆効果だ。しばらく"ユーミン"は封印だ。もう悪魔だ。
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by 1959-01-28 | 2017-11-27 21:10 | お楽しみ(音楽/映画/本/写真etc) | Comments(0)

しまった!この歌を聴いてしまった。この映像は高校生の時にNHKで観た。確か冬休み大晦日近くの夕方だ。切ない想い出ばかりが蘇る。亡妻とは幼稚園からの同級生。高校まで一緒だった。幼稚園のときのお遊戯会では亡妻は竜宮城の乙姫様、私は蛸の群舞、高校のときは同じクラブ、部長と会計の関係だった。この時は互いに意識しつつも友達の関係だった。歌詞も最悪だ。もう悲しくなってしかたがない。老後なんて楽しいか!!!。歌詞のとおりだ。あの日に帰りたいよ。会いたいよ。そういえば、会社の大先輩はこの人の家庭教師をしてたといってたな、ユーミンに会わせろよ!!!。そしたら、もう思い残すこともない。なにが実りある老後だ。青春時代の光り輝く一瞬にはいくら裕福でも遠く及ばない。人生、あとは消化試合か、、。馬鹿にしていた亡父がなぜか理解できる。本当に本当に輝いていた期間は一瞬だった。垂水で57年の映画上演がある。その日は米子に行こうとおもっていたが止めた。母を連れていってあげよう。57年は亡父と母が恋愛→新婚の時だ。そして59年に私が生まれた。きっと素敵な大切な想い出があるとおもう。だから連れて行ってあげよう。すごく大事な大事なことだ、きっと!。
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by 1959-01-28 | 2017-11-27 01:16 | 雑感・お知らせ・老人一人暮らし | Comments(0)