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■治安
平和だ。深夜までカフェは賑わい、市民はそれぞれの夏を楽しんでいる。テロとスリ・強盗への過剰反応で、東洋からの観光客が激変しているので以前に比べてパリらしさがよく見えていい。アメリカンな観光客は沢山いるね。しかしあいつらの英語の会話を盗み聞きしていると本当に田舎者でアホだなとおもう。子供の時に抱いていた畏敬の気持ちは誰から植え付けられたのかな?。教育とかTVとかのメディアの情報操作というのは怖いと痛感する。
■日本人観光客
私の行動範囲にはいなかった。パリ市内のどこにいるのだろう?。きっとオスマンのデパート内だけだな。そういえば帰国時に空港に行く公営バスで馬鹿な日本人若者カップルを助けるはめになった。そのバスが空港のT1をまわり、T2Cに停車した時に、急に運転手が「ここでT2EとFに行くやつらはおりろ!、この先は停滞していて進まない。」と仏語で言った。しぶしぶみんなで降りることになったのだが、例のバカップルだけは動こうとしない。運転手がキレてそのカップルのそばに近寄っていってまた指示しているのだが、いっこうに動かない。激怒しながら私が下車した後を追いかけてきて「おい!フランス語わかるだろ、やつらに通訳しろ」と私を車内に引き戻した。そのバカップルはヘラヘラしていて、私には日本人に見えなかった。「英語わかるか?」と英語で聞くと「あ~、日本語でいいっすよ~」と横柄に答えやがる。「お前は何様だ!、私はガイドではないぞボケ!」この手の馬鹿には関わりたくないとおもい、「ここで降りて歩いてT2Fに行け」と最少限の通訳だけして降ろした。想定どおりお礼の言葉なんて一切無かった。「ったく、、こんな無防備で不勉強なアホが海外に出てくるなよ!」と毎回思ってしまう。アテンド無しで海外に行く場合には最少限でもいいから現地の言葉を学習しているのは常識だろ!。本当に本当にこの手の馬鹿には1回は必ず遭遇してしまう。というか、こんな馬鹿しか海外旅行していないで、やれ強盗だの強姦・殺人、誘拐だのの事件が発生しているのが実態なのだな。
■トイレ
数年前から街頭トイレは無料になったが、残念、テロ対策ですべて鍵がかかっている。だから、カフェで2.5€程度支払ってエスプレッソを飲んでからトイレを借りるのがスマートだ。しかし私もオルセー近くではまいった。美術館近くにカフェがない。仕方がないのでRER(近郊鉄道)の駅に行った。すると、ナビゴ(定期券)で入る最新式のトイレがあった。個室で広くて清潔で、とてもよかった。ほかの国鉄駅は0.8€コインを入れて自動ゲートを開いて入るトイレが多かった。

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by 1959-01-28 | 2018-06-30 22:55 | パリ行き・仏語学習 | Comments(0)

朝はカフェでまったりする時間がないので、公園でパンをかじるのを定番とした。ホテル近くの地下鉄の駅付近にうまいパン屋とキヨスク(演台みたいなやつ)付きの丁度よい公園があった。パン屋のお嬢さんはアフリカ系の可愛い子で、うぐいすのような声で丁寧な仏語を喋るのでファンになった。いつもいくと愛想もよくなってきて楽しかった。写真のように"るぶぶ大好き娘"が大喜びするようなお洒落な公園で絵に描いたようなパンと菓子を還暦近くの老人がかぶりついている構図だ。われながらおかしい。
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by 1959-01-28 | 2018-06-30 20:23 | パリ行き・仏語学習 | Comments(0)

昨日に母親のもとに2週間ぶりに行った。あいかわらず元気にやっていたが、こんな私でも来ないと寂しいらしく、いつもの時間で帰ろうとしたら、もう少し居ろと伸ばそうとする。これじゃ、1ヶ月の海外長期滞在とかは難しいかな、、事務所に相談してメール文や添付写真を拡大印刷して手渡してもらえるか相談しよう。

帰り際に受付の人と話をする。7月で辞めるという。最近、社会福祉士の資格も取得し本格的に相談員としての経験をつみたいのだと言う。40歳前半の奥さんですごく聡明で明るい人だ。以前はこの施設でそのような仕事だったのだが、4月から受付担当になり相談業務がなくなったと言っていた。企業人の目からは、ゼネラリスト、幹部候補としての企業内ローテーションなのだが、本人はスペシャリストとしてキャリアを積みたい思いが強いようだ。

とても育ちのよい上品な容姿に関わらず、そんな苦労に飛び込む芯の強さに萌えてしまった。なぜか、お別れを名残惜しそうにしてくれるので、私の友人のお兄さんが経営する福祉団体を紹介し、仕事の息抜きによさそうな所のオーナーに対応のお願いをしておいた。あ~、この人は成功するな~。よい意味で"人ったらし"だ。

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by 1959-01-28 | 2018-06-30 19:49 | 雑感・お知らせ・一人暮らし | Comments(0)

ライブもまだまだ盛り上がっているが、明朝にグランパレに行く約束をしているので、最終バスで帰ることにした。市庁舎のライトアップが綺麗な通りをバス停に向かう。カルチェラタンと比較して危険な匂いがする。この辺はサンドニあたりから繰り出してくるチンピラやギャングの縄張りでもある。足早に急ぐ。バスはセーヌを渡り、左岸サンジェルマンの高級街・モンパルナスを通過し16区に向かって進む。セーブルバビロン辺りのひっそりとした街並みにときどき見える落ち着いたカフェがとてもシックだった。
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by 1959-01-28 | 2018-06-29 08:25 | パリ行き・仏語学習 | Comments(0)

①ピアノ演奏も飽きたのでマレに移動した。尖った感がカッコよかった。パサージュを散策しているとCDG空港建築デザインをした人のアトリエにたどり着いた。残業しているデザイナーさんも沢山いて現場感が半端なかった。
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②サンポールに移動して、人気の蕎麦クレープ屋で夕食を食べた。バスク風クレープとシードルで女子気分だった。ここもやはりお一人様女子がいた。本当に世界中どこでも事情は一緒だ。そして21時になったのでライブハウスに入った。このクラブはワイン倉庫を改装していてカッコよかった。そして、出演しているミュージシャン達と話をした。実は大阪→パリに流れたカナダ人のジャズマンを探していたのだ。「ああ、知っている。けど、最近見ないよな~みんなぁ」というノリだった。みんな音大学生だった。店はチャージをとるのにノーギャラらしく、ピンクの豚の人形に"投げ銭"を入れろとオーナーが前説していた。このオーナーは"悪"らしい雰囲気がムンムンしていた。このオーナーにもカナダ人のことを聞いたが、「やぼなことを聞くね~、兄ちゃん」的な扱いをされた。一番右の男子はロンドンから遊びに来ていた。グルーピーらしい女子がさかんにオーナーに推薦していた。なんか、下半身の事情も見え隠れして、あやしさがムンムンで夜の臭いが良い雰囲気だった。もちろん客はローカルだけだった。最初に韓国人観光客4人組が入ってきたが、すぐに出て行った。
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by 1959-01-28 | 2018-06-29 07:49 | パリ行き・仏語学習 | Comments(0)

①バンセンヌの森近くにある在仏婆さんの住む有料老人ホームに行って家電製品他の修理・配線を行った。1LDKの部屋の買取で食事・管理費等を月々支払う。食堂やカフェがあり、家族が沢山面会に来ていた。私も婆さんと一緒に食堂で昼飯を食べた。"ホロホロ鳥のコンフィ"をメインに、老人向けに甘みを抑えた"タルトタタン"をデザートに頂く。ワインがついているのがフランスらしかった。お婆さん同士はグループで、お爺さんはお一人で食べてと、日本と変わらない光景だった。写真はその町の市庁舎だ。普通の衛星都市だ。
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②夕方からパリに戻りピアノを弾くことにした。始めに行ったピアノは主要駅の待合室にあり人が沢山集まっていた。どうも、ここでPRして一旗上げようとしているプロの演奏家達の溜り場のようだった。黒いあんちゃん達が仕切る縄張りがある気配がしたのと、この超絶技巧のお兄ちゃんが30分経ってもいっこうに演奏をやめないので諦めて次の駅に行くことにした。
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③途中でフランス運輸省の本社の前を通りがかった。古い地下鉄車両やバスの展示が見えたので中に入った。警備員に制止され尋問を受けたが、「鉄ちゃんで古い乗り物が好きなんや、見せて!」とPRしたら「このバスは初期はベンツ社で、、」と上機嫌で説明し出してくれた。いい人だった。

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④セーヌ川を渡り次の駅を目指す。この辺はフランクフルトと言っても誰も気付かないくらいパリらしさがない。普通の商業・官庁活動の地域だ。
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⑤こっちの駅はローカル線だ。もともと待合室が分断されていて、さらに改装中で人が少なかった。やばい雰囲気もある。この写真のおっさんは頭の狂った乞食だった。少し人差し指で弾いてはキレてゲンコツで鍵盤をぶち叩く。おかげで私が弾くときには鍵盤が2個所陥没して音が出なかった。
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by 1959-01-28 | 2018-06-29 06:51 | パリ行き・仏語学習 | Comments(0)

ジャズクラブは裏路地にあって、そこから最上段の写真の通りに出る。えらく雰囲気のある場所だなとおもっていたら、ウッディアレンの映画「ミットナイト・イン・パリ」で深夜に主人公が車で昔にタイムスリップする場面のロケ地だった。赤矢印がその撮影場所だ。中段の写真が映画のシーンで、最下段が後日にこの通りの中古レコード屋に行った時に、その撮影場所から写したものだ。
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by 1959-01-28 | 2018-06-28 20:23 | パリ行き・仏語学習 | Comments(0)

21:30を過ぎたが日が高く街に遊んでいるリーマンや学生が溢れているので、カルチェラタンまで出かけることにした。パンテノンの近くのジャズクラブでジプシージャズが聴けるのでそこに入った。あれ?イメージと違う。カップルばかりで居場所がないとおもっていたが、おっさん一人とか、ちょっとツンデレっぽいOLや女子大生お一人様がいっぱいいる。ジャズの世界ではこの辺の事情は日本も世界も同じだと納得した。

ここのオーナーはサービス精神旺盛なロマの爺さんだった。情熱的な前説がおもしろかったし、お一人様の客のマッチングまでしようとする。なんと、私もブロンドの女子大生とマッチングされることになった。女子大生は英語ができたので少し話をしたが、時差で眠くて仕方がなかったし、帰りがとても怖かったので終電前にはそこでお別れした。互いに特に気が合った訳でもなかったので連絡先は交換しなかった。しまったと後で後悔した。

辺りはもう暗くなっていたが、人はまだまだカフェに一杯いた。さぞかし終電の地下鉄は怖かろうと想像していたが、酔っ払いがグダっている大阪市営地下鉄よりも清潔で、乗客もおとなしく安心できた。すごく拍子抜けした。ネットで飛び交っている情報は私が行動する範囲においてはガセだとわかった。

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by 1959-01-28 | 2018-06-28 17:37 | パリ行き・仏語学習 | Comments(0)

15区に安宿をとった。この界隈はラテン民族と昔に移住してきて生活基盤ができているモロッコ人、そして少数の若い韓国人が住んでいる。観光地もない庶民の住む下町だ。だから朝晩は通勤する人たち、昼は散歩する母子や遊ぶ子供たちしかいない。ホテルも一軒しかなく、垂水や西京極の民泊に怪しい外人が潜伏している構図だ。

ホテルはボロボロだった。部屋は屋根裏でバスタブはあったが栓が無い。その位置も屋根の傾斜側にあり立ってシャワーが使えない。あるはずの24Hフロントもセーフティボックスも無い。フロントは1階の食堂の営業時間しか対応しないし、夜は4ケタの暗証番号ドアだけが頼りだ。部屋は何にもなく内線電話とTVだけがあった。宿帳への記載もパスポートの提示も不要だったが、これはさすがに怖かった。

しかし、このルーズさが下町風情とよく合っていて、嫌ではなかった。現地化した感覚を持った。
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by 1959-01-28 | 2018-06-28 17:12 | パリ行き・仏語学習 | Comments(0)

オペラでフリーパスを購入したので、地下鉄でマドレーヌへ向かった。格安SIMを買うためだ。駅からは少し離れていたが迷わずに着いた。店につくと多数の自動販売機が置いてあったが、なぜか一つのセクションに人が集中していた。理由を聞こうと店員にたずねた。無難に英語にしたのだが、なんと店員全員は仏語しか話さないと言う。だから、英国から来た少女はフランス人の老夫婦に「訳してくれ」と販売機の前で祈願している。その老夫婦は販売機不良でパニくっていてそれどころではない。という地獄絵が展開されていた。一つのセクションには店員がいたので、みんなクレームを言っていたのだ。

だから、空いている販売機で恐る恐る操作を開始してみた。やった!表示も仏語だけだ。身分証明、現地住所、その他の入力画面が次から次へと出てくる。1回目はクレジットカード決済後に動かなくなったので、再度トライして無事に購入できた。レシートがでてきたが、1回目のクレジット決済のレシートも出てきた。店員にクレームすると、ここに連絡しろと紙をくれた。徹底的に合理化して低価格化しているその姿に感心した。二重決済されていたら連絡しよう。

念のためにと、店内でSIMを交換してアクチベートしてみた。予想どおりデータ通信できない。APNを確認すると設定が自動でできていない。新規にAPNを作成してから設定記号を教えてもらい入力して無事通信できるようになった。

「俺って、スーパーサイヤ老人!!!」とひとり悦に浸り店を出た。
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by 1959-01-28 | 2018-06-28 12:03 | パリ行き・仏語学習 | Comments(0)