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今日は台風の到来をひっそりと待つ退屈な日だ。昨日の会社同期会で、それぞれのリタイアプランを聞いてきたので整理しておく。大企業ホワイトカラー系だったので、かなり恵まれている事例だ。申し訳ない。

■公的機関責任者・指導員・研究員、大学講師
ある程度のキャリアを持って退職した同期や先輩は本社から斡旋があったとの事だった。
■直轄人材派遣会社への再就職
同じ部署で課長→スタッフになっている同期もいた。鬼課長→猛烈スタッフとして一目置かれていた。
■家業継承
京都出町柳で学生アパートを経営していた。

共通しているのは、過去を上手につないで今を生きていることだ。「お前は?」と聞かれたので、青春18切符でふらふらしていた時のスナップ写真や、パリでストリートピアノをやった時の動画を見てもらった。う~ん、どう考えても風来坊なアウトローだった。ピアノなんかは、ある程度のキャリアを若い時に積んでいれば、納得できようなものだが、、血迷ったハチャメチャな行動であることは、充分自覚できている。

おまけに、自分は過去のキャリア・思い出をことごとく捨ててしまった。人生の収穫時期に完全な"破壊と創造"をしてしまった狩猟的アメリカンな奴だ。それも道楽でだ。「後悔先に立たず」、「身から出た錆」、「覆水盆に返らず」、「多芸凡才」等、中途半端に生きてきた自分を戒める言葉が沢山思い浮かぶ。

"生きているだけで幸運"、"心の声・喜びに従う"という基本はぶれておらず、毎日の家事を楽しみ、ピアノ弾きになる地道な練習は欠かしていない。ただ「お前は?」、「あいつは、今、**やってるらしいで~」に胸を張り答えられる"継続した形"は最低限つくらなければとおもった。


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by 1959-01-28 | 2018-09-30 14:50 | 雑感・お知らせ・一人暮らし | Comments(0)

今夕の会社の同期会で感じた事。
典型的な幸せとは、妻がいて子供・孫がいる。息子の海外赴任の見送りに夫婦で泊りがけで行く。孫の動画をスマホに保存している。娘に会いに東京へ行く。etc,etc。

"妻&死別"の検索でヒットしたヘタれブロガーさん達の気持ちが少しわかった。もし、子供がケアしていなかったら本当に共感する。しかし、失ったものは戻ってこない。その代わりに、自由な時間と資金を手に入れたはずだ。特別な人生を楽しめばよい。

あと、大事なのは、才能開花の可能性も手に入れたということだ。私達夫婦は日本に100人しかいない不幸にあった。だから私は100人にしか与えられない才能開花のチャンスを絶対にものにする。絶対的マイナスを絶対的プラスに変える。その先が不毛なことは充分に分っているが、する。

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by 1959-01-28 | 2018-09-30 01:35 | お出かけ・出会い・おいしいもの | Comments(0)

ボケを自覚した

今朝は寝坊して慌てて起きた。すぐに軽トラを借りに行った。積込みの段取りが悪く、荷が溢れた。3度ほどやり直して全部積めた。今度は丁寧に束ねられていたロープが解けず、荷物を固定するのに時間がかかった。そうやっている内に時間が経ってしまい、ぎりぎりにクリーンセンターに行けた。帰ってきて事務所で料金清算をした。オドメーターの走行距離を"事後-事前"で計算するのを、反転して考えてしまい、★オドメーターの故障か、事前の読み間違え★のせいにしてしまった。動転してしまい帰り際に、傘立てに置いていることを忘れて、再度、軽トラの鍵をもらい取りに行こうとした。

全ての行動が典型的なボケ状態になっていた。こうやって毎日の行為とは少し違うことをすると自覚することが多い。特に以前から何回もしていた事で、久しぶりにした時に顕著になる。

昼飯を食べ終わり休憩しながら、今夕の会社同期会の準備をしているが、気持ちが乗らない。この数ヶ月で会社で積み上げてきた業績にまったく執着=興味が無くなったのと比例して、会社関連の人にも興味が無くなってしまっている。まあ、同期は学生時代の延長のような寮生活での付き合いがあったから少しは愛着があってもよいようなものだが、あまり感じない。多分、自分が、"リーマン生活=金稼ぎ=労働=嫌だ・辛い"と思い続けていたからだとおもう。それとも、ボケて無感情になっているのかな?。大雨の中を出かけて寄り添いたい仲間でもない。こんな日はゆっくりと家にいたい。

雨ガッパを着て軽トラに乗り込み、大雨の中、クリーンセンターのある野山を走っていると、とても気持ちが良かった。自分が近くの農家のお爺ちゃんになった気持ちがした。無い物ねだりなのだろうが、ボケを自覚したこの身には、このような環境で晴耕雨読をする事にとても憧れる。すごい重労働、付き合い、義理・義務が裏にはあるのだが、、。私みたいな風来坊は、民宿にお世話になり、少しだけ雰囲気を楽しませてもらうのがよいな。

爺さん稼業まっしぐらだ。


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by 1959-01-28 | 2018-09-29 13:40 | お出かけ・出会い・おいしいもの | Comments(0)

一昨日の夕方に母親の施設の誰もいなくなったロビーでピアノをイタズラ弾きして遊んでいたら、ケアマネさんが通りかかり「リラックスできるわ~、ここでお酒飲んで聴いていたいわ~」と声をかけてきたので驚いてしまった。リップサービスなのは充分理解しているが、評価と自分の実力との差に違和感を覚えた。私の演奏はミストーンばかりだし、テーマも最後まで満足に弾けないので、フェイクで誤魔化している。それに出す音がすごく暗くて悲しい。お酒ではなく睡眠薬を飲みたくなるような憂鬱な音だ。セッションに行ったら最後、大泣きして帰ってくること必須なほど、リズムも揺れるし、指ももつれる。フレーズも一本調子だ。

実は他のスタッフさんからも同様な感じの感想を頂いているので、「こんな演奏でこうも誤解されるか?」とおもい、"中高年&ピアノ"で検索したら異口同音、以下のような記事が沢山みつかった。

「高齢者の教授は大変ですよ。わがままだし覚えが悪いし。うちの父を見ていても良く先生が我慢してくださっていると感心してました。昴とか主に演歌を習っていたのですが、大体一曲一年かけてました。」、「レッスンは一進一退で子供を教えているよりなかなか手ごわいと思います。上達がなかなか・・・」、「60代の男性が全く楽譜も音符も読めない方で 皆が1回のレッスンで出来てしまうことが数か月かかってました。ちょっとの注意でも傷つきやすくて、すぐにへこたれプレッシャーを感じてしまうので、アドバイスも出来ない感じ。結局1曲仕上げて辞めてしまわれましたが、担当先生もホッとしたかんじでした。」

痛々しい動画も発見した。ご自慢らしいリビングのグランドピアノで、59歳の男性が曲を弾いている。80位のスローテンポで、伴奏は三声和音を下から上に上がるだけ、両手ともオール四分音符の3/4拍子の曲で、まるで4歳児向けアレンジだ。55歳から4年間練習した成果だそうだ。この演奏で発表会に出演すると言っている。「家族のために、止めたほうがよい」とつぶやいてしまった。もちろん動画のアップもだ。本人が考えているような自慢になっていない。

「なるほど、母の施設のスタッフさん達は平均像をここで見ているのか」と、高評価だった理由がようやくわかった。ピアノ演奏愛好家の世界は、中間レベルがごっそりと欠け落ちたすごく歪な人口構成なんだ。ギターとかのLM楽器は、ほとんどが中間レベルなのに。

これがわかったので、気持ちが楽になった。自分はとても努力・工夫してかなりの結果を出しているんだ。ただ、住みたいとおもっているジャズピアノの世界には、幼少からトレーニングされ、若くして才能を開花させ、さらに年を取っても維持させている努力家・サバイバー達だけが住んでいるのだ。だから自分は今のペースで進んでいけばよいのだ。間違ってはいないのだ。

中高年向けピアノ教室は究極のプロダクトアウト商品だな。ダブついている音大卒業生の救済、単価の高いピアノ拡販、魂胆がみえみえだ。

あのね、同世代に本当にお奨めなのは"フォークギター"だ。我々の世代だったら"TVジョッキー"の景品の白いギターに憧れて一度は手にしたのではないかとおもう。カポを使ってオープンコードだけで弾いてもよい。ストロークだけならアリスの曲があるし、"22歳の別れ"のアルペジオは私でも、スリーフィンガー・ピッキングどちらでもまだ弾ける。加えて、最近の技術革新はすばらしく、極細の弦もあるし、弦高を極端に下げてもそこそこギターは鳴る。つまりハイポジも楽々弾ける。ゼップの"天国への階段"なんて通しで楽々だ。もちろん"ロックンロール"のリフも簡単に弾ける。エレアコだったらマルチエフェクターにつないで、楽々チューニング、粒たちも揃えられてリバーブもかけられて、、レコーディングサウンドが手に入る。これは私が実際に経験している。53歳位の時に、半年練習しただけで公募に合格して大阪天満橋で年一度ある音楽祭にも出た。ピチカートファイブのアコースティック版みたいなバンドを急造した。

しかし、私はシルバン・ルクのギターを聴いてしまい、あっと言う間にギターは諦めた。この超高度な音楽性・テクニックは狂気だろ。変則チューニングも凄い。こんな超人と自分を比較するくらい若かった。それでピアノに転向したのもおバカだと、今はおもう。

https://www.youtube.com/watch?v=e5bz8qhh0qU


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by 1959-01-28 | 2018-09-28 22:37 | お楽しみ(音楽/写真、他) | Comments(0)

最近、食洗器を使用していない。炊事したそばから手洗いしていると時間が無駄にならず、綺麗で気持ちがよいことがわかったからだ。その代わりに手がカサカサになった。「おかしいな?風呂に入ってもこうはならない」とおもっていた。しかし、よく考えれば油汚れを強力にとる中性洗剤を使っているので、風呂の石鹸より油が落ちて当然だった。

「生徒の振付けを指導する時に体に触れる手が荒れていてはダメだ」とよく言っていたことを思い出した。確か卓上食洗器が発売されてすぐに購入してからずっと愛用していたな。今度からゴム手袋をしようとおもいながらワセリンを塗ってみたがカサカサ感は直らない。こんな発見も楽しいし、ずっと炊事をしてくれていたことに改めて感謝だ。

最近は外食が本当に嫌になってきている。大概の大衆食堂では塩とグルタミン酸ソーダのきつい味しかしないように思えてしまっている。そういえば、一昨日にお好み焼きをつくった。納豆を混ぜたら山芋効果がでて、焼いてからの食感が滑らかになった。良質で安価な大豆蛋白質も摂取できて一石二鳥だ。それと、調味料が、酢と七味と胡椒だけになった。だから素材の味にとても敏感になった。

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by 1959-01-28 | 2018-09-28 20:16 | 雑感・お知らせ・一人暮らし | Comments(0)

台風が接近しているので、ガレージに放置してある実家から持ち帰った粗大ゴミが心配になって来た。明朝にクリーンセンターに持込み処分するべく、自治会の集会所にトラック貸し出しの申込みに行った。自治会内に住む顔見知りのお婆さんがバイトで集会所の管理員さんをしている。ひとしきり喋って手続きを終えた。ガランとしてて、隣の公園の木々が見えていて、、、平和そのものだった。

明夕に会社の同僚の定年祝いがあるので、行く為のJR昼特切符を格安チケット店で買おうとおもい、そのまま歩いてイオンに向かった。数人のお爺さんとお婆さんが先客でいて、なにやら高額な切符を沢山購入していた。ちょうど正午になったので、一度食べようとおもっていたクレープ屋に行ってみた。ちゃんと惣菜を挟むメニューもあったのでそれを頼んだ。確かにレタス、ソーセージ、ミニハンバーグ、チーズ、チリソースは入っていたが、生地そのものはお菓子用が流用されていた。あの黄色くて、バニラ香味がして、甘いやつだ。蕎麦粉のガレットを期待したのだが、そこまで成熟した店ではなかった。777円は高いなと感じた。

帰りに大きな市民公園に寄って、日陰にあるベンチに座って休憩した。買物帰りや散歩のお爺さんが時々通りかかったが、あとは人がおらずとても静かだった。球技場ではゲートボール大会をしていて沢山の老人達がゼッケンをつけて競技していた。

帰宅してから反芻して考えてみた。孤立した田舎なのにニュータウン中心にはイオンモールがあり、都会っぽくてとても便利だ。のんびりしていて、静かで、平穏なよい街だ。まったく刺激がなく、とても快適だ。あと1年位この環境にじっとしていたらどう順応していくのだろう?。躊躇してしまう。

昨夜、温泉ひとり旅を妄想していたがしっくり来なかった。旅行で行くパリもそうだ。旅行で気分転換するよりは、移住→定住する場所をまずしっかりと確立しなければ永遠にしっくりこないなと感じ出した。懐古趣味を卒業した今では、実家が最適だとは言えなくなってきている。移住失敗時の出戻り場所・物置として実家には住民票を移し定住場所とするが、健康なうちは住まいを転々とする生活をしたいなとおもう。

そうすると、大事なのはピアノか~。そういえば、昨年に青春18切符で旅したときも、京都や三宮に遊びに行くときも、かならずジャズ・楽器関係のお店に立ち寄っている。家電量販店を見つけてはデジピをイタズラ弾きしているし、、。自分を追い込み苦しいことだが、自己紹介できる位の音源はつくっておいたほうがよいな。今の自分は本当に不器用になっているから、もっとする事を厳選して合理化・集中して沢山の時間をかけなければいけないな。

たった2時間の徘徊だったが、こんな事まで考えてしまった。


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by 1959-01-28 | 2018-09-28 16:12 | 雑感・お知らせ・一人暮らし | Comments(0)

先程は内助の功を褒めたが、母親には関係がなかった。今、自宅に持ち帰った実家のゴミを3時間かけて廃棄準備した所だ。もう頭に来ている。まだ健康年齢の時に購入した鯖の味噌煮缶詰を32缶、ホタテの缶詰を9缶、コーンビーフを6缶の中身を分別したし、みりん1.8Lを1本、サラダ油1.8Lを3本を処理した。どういうストックだったのだ?。体を塩漬けにして、健康飲料代わりにサラダ油を毎日飲んでいたのか?。どうせ鯖缶が健康に良いとかいうマスコミのガセを盲信して買占めしたのだろう。

全部コープの宅配で購入していた。棚卸しもせずに無計画に気分だけで注文していたようだ。こんなストックが、実家のあらゆる所から見つかる。罰ゲームのようだ。あの母親は相当にバカだったようだ。こんなバカがぬくぬくと有料老人ホームで、する事も考える事も見つけられずにボケ~っとテレビ観て、上げ膳・据え膳で手厚く介護されている。世の中は理不尽だとおもう。

よく考えれば、実家の両隣のしっかりものの叔母さん達は86歳と88歳で、脚も丈夫で不自由なく暮らしている。会話もしっかりしている。頭も体も使わず、だらだらと暮らしていた母親だけが介護が必要になり入所し、会話も満足にできなくなっている。因果か?。


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by 1959-01-28 | 2018-09-27 17:37 | 雑感・お知らせ・一人暮らし | Comments(2)

このところ、毎日、しっかりと炊事・洗濯・掃除をしたり不用品の整理をしている。とても忙しい。妻が先に逝き、一人暮らしをしている爺さんの家がゴミ屋敷になるのは当然だとおもった。この家事一切を奥さんがしていたのだ。妻の生前に、神経質な私は「ゴミが鴨居についている」とか、自分は何もせずに文句ばかり言っていた。これは大反省だ。

老後指南本に、定年後は暇を持余すと書いてあるが、それは内助の功があってのことだ。もし私と同年齢で一人暮らしで暇を持余していたとしたら、外食ばかりで健康を蝕んでいるか、ゴミと埃まみれの環境で鈍感になって住んでいるか、もともと独身で欲がなく狭い借家に少ない家具でミニマムに住んでいたか、優雅に愛人とか家政婦さんとかと契約しているかだとおもう。

普通の人が清潔で健康な生活を維持するのはとても重労働だとよ~くわかった。高齢の父母が住んでいた実家がゴミだらけになっていた事を非難していたが、理解できるようになった。

反面、これが生きているということだとも悟った。人生というのは、地位でも名誉でもなく、資産・金でもなく、ただ、毎日を健康で穏やかに生きるだけのことなのだ。この生活に支障がなければ、何を失っても問題はないのだ。むやみに怒ったり、悲しんだりする必要はない。もちろん渇望する物事もない。過去一切も遠い未来の不安も期待もない。

と、ピアノ法師の私は世に問うのであった。

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by 1959-01-28 | 2018-09-27 13:44 | 雑感・お知らせ・一人暮らし | Comments(0)

親とはいえ、遺留品が沢山あると居心地が悪い。ダニがわいていた衣類・布団関係、書籍関係は8割ほど廃棄できた。昨日から中物家具を自宅に運んでいる。溜めてから自宅側のクリーンセンターへ軽トラで運ぶ算段だ。大分すっきりして気持ちがよい家になった。あと一ヶ月ほどで移住できるレベルになるだろう。大物家具は外に出しておいて、引越してから、実家側の清掃局に引取りに来てもらう。

無駄な引越し費用は出したくないので、自宅の不用品を並行して処分しなければならないが、これが難航している。思い出への執着は無くなったが、換金可能性への執着はある。これが面倒だ。高く売るためにメルカリでひとつひとつを出展していて時間がかかる。

「これが日々の仕事だ」と、再々、自分に言い聞かせて処理していくしかない。そう考えれば楽しいか、、。でも起爆剤というか、一気に処理した感が欲しい。洋服タンスを近くのリサイクルショップに引き取りに来てもらうことにしよう。

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by 1959-01-28 | 2018-09-27 10:35 | 自己啓発・断捨離 | Comments(0)

さっきの投稿の続き。

亡父のアルバムから、私の家族の写真も除去しておいた。アルバムを整理しながら父母が共有していた時代を再発見していて、亡妻への執着が戻ってきたからだ。自分たちの結婚式の写真を愛おしそうに眺めて懐かしがっていた母親の笑顔も私の心に残っていた。

少し気が滅入ったので、テレビを見て休憩した。4年前の御嶽山噴火で息子を失った61歳の母親が、事故現場まで登頂したというニュースが流れていた。その母親はこの4年間ずっとあちらこちらから息子の事故当日の登山写真を収集していて、事故4分前までのアルバムを見事につくっていた。凄い執着だ。私はますます気が滅入ってしまった。

22時半に実家を出て、雨の中を高速を飛ばし家路を急いだ。仏語単語帳のCDを大音量で流しながら運転しつつ「年寄りは、どっちみち思い出に生きる事になるのかな~。それが自然なのかな~。」と考えた。しかし私はそうは出来ないと悟ってしまっている。そういう厳しい道を選択したのだと心に言い聞かせた。

家に帰ってきてから、仏壇の前に座り遅いお勤めをした。もう亡妻の写真を始末したので供養ではなく、純粋にご本尊様へのお勤めになっている。すっかり心が落ち着いた。「あれ?、私は修行僧のようになっている。チャラさが無くなっている。」と驚いた。おいらは気が狂ってしまったのかな?。



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by 1959-01-28 | 2018-09-27 00:54 | お出かけ・出会い・おいしいもの | Comments(0)