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実家に挨拶に来てくれた時の写真が残っていた。晴れ着がとてもチャーミングだった。一緒に暮らした日々を思い出した。

なにをおもったか、ポールマッカートニー師匠のことを思い出して、奥さんを亡くした時のことを調べてみた。以下のとおりだった。

【1998年】ポールが56歳の時に奥さんを57歳で亡くした。
・え!、自分とほぼ同じ状況だ。
【1999年】1年後にロックンロールのカバーアルバムをリリースした。
・立ち直り早っ!。
【2001年】ニューアルバムをリリースした。
・契約なんだろうな。
【2002年】再婚した。
・そんなもんか~。
【2011年】その女性と離婚して、若い奥さんをもらった。
・吹っ切れている。

一番目の奥さんとは苦楽を共にしている。売れなくてやけになってヤバいナイジェリアにレコーディングにも行ったし、3人の子育てもしている。ワールドツアーも一緒に行ってステージにたっている。人生全てを共通体験している。まさにオシドリ夫婦だ。だから相当に落ち込んだとおもうのだが、超人は全然違う。

自分は格がまったく違うが、メンターとして尊敬したい。下の写真がお父さんしてて良い。

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by 1959-01-28 | 2019-01-19 20:56 | 雑感・お知らせ・一人暮らし | Comments(0)

7月の三回忌が京都市東山区一帯に大雨によって避難勧告が発令された日にあたってしまい出来なかったので、今日、それをするべく京都に行った。義兄と義妹夫婦を木屋町の古い料亭で接待した。川床を準備してもらっていたが、日差しがおもったより強くなったので、別に準備してもらっていたその川床に面した部屋で会食をすることにした。気が向いたら出て景色を眺められるようにしてくれていた。静かにゆったりとくつろいで会食できる、、その配慮がうれしかった。食事は夏を名残惜しむ食材と秋を先取りした食材をうまく組み合わせていた。洛中の"ほんまもん"はやはり凄い。久しぶりに飲む黄桜も美味だった。

定刻になりタクシーで東山の御廟に向かった。お彼岸なので御堂が満員になりシャットアウトされてしまっていたが、なぜか障子を開いて頂き、詰めて入ることができた。感謝報恩だ。法要の後は長楽館さんでティ・ブレイクしてから散会した。

自分は一人で木屋町に戻り、いつものジャズバーに出向いた。なんと昨年に結婚して東京に行ったはずのバーテンさんが戻っていた。懐かしく話がはずんだ。

接待はそれなりにうまく行き、楽しんで頂けたようだった。義兄と義妹夫婦にもそのように振舞って頂いたとおもう。しかし、私の気持ちは沈んでいた。お彼岸と三回忌なので、どうしても思い出してしまい、喪失感と今ひとりでいる空虚感が同時に襲って来る。亡妻とは幼稚園から高校まで近所で同級生で、4歳から57歳まで人生のほとんどを同じ時代と環境を生き、そして一緒に学び・遊び、そして暮らしてきた。人生を同体化して生きてきたんだ。執着を絶つなどと、精神鍛錬だけで簡単に消去れる次元ではないな~。

これは大変困った。最近、岩崎宏美さんの曲をヘビィローテーションしているのは、この呪縛から逃げる為だと今になって悟った。へへっ、高校時代は亡妻とは同学年で同クラブ、そのクラブでは私が部長で亡妻が会計という関係だったが、私は一年下の部員と交際していたし、その部員と破局した三年の時は亡妻とは別の同級生女子2人となんとなく交際していたのだ。だから亡妻はその時代の事を思い出すと裂帛の如く怒りまくっていた。嫉妬してくれている嬉しさもあり、ボコボコにされる痛さ・恐怖もあった。

あ~、この記事を起こしてよかった。思いつめて京都に移住し、毎日、亡妻の墓前に参りに行く生活を危うく決意しそうだった。それこそ亡霊に取り付かれたのと同じだよな。傍から見ると相当怖い奴だよな。いや、それはそれで京都に新天地を求めて行くことになるな。多分、ジャズ演奏やアート活動を介して多くの関係をつくることになるだろう。今夕も誘いを受けたところだったし、当初のプランでもある。

★おぼろげながら整理できた!。
◎とにかく今の自宅は即売却だ。縁はまったく無くなり、自身の執着も完全に消えた。
・実家をホームベース=物置にして、自宅売却金を原資に各地を借家・ウィークリーマンション・ホテルで転住する。
・この10年は「こうだ!」と決め付けないで、その時々の縁をつないで生きていこう。


by 1959-01-28 | 2018-09-22 23:24 | お出かけ・出会い・おいしいもの | Comments(0)

合掌。昨夜は"さくらももこ"さんの訃報を見てから、ご本人のブログをしばらく眺めていた。直前まで更新されていたので病状急変だったのだろうと推測されて我事のように悲しくなった。「一瞬先は闇だ、今を大事に生きよう」とおもった。

そんな事や、ブログにもう自宅を売却して過去を忘れる旨の記事を書いてから就寝したせいか、今朝に初めて亡妻が夢に登場した。夢は白黒映像で場所は大きな劇場の舞台だった。スタッフとして、楽屋からいったん下手袖に出て、ホリ幕裏から上手袖にまわろうとしたら、舞台監督の亡妻が現れて「もう行くの?」と冷徹な仕事モードで声をかけてきた。なぜか少し高い位置にいて上から目線だった。飛び起きた。そしてすごく気分が悪くなって不機嫌になってしまった。身体の疲労感もあったのでうなされていたのかもしれない。

夢占いのサイトで調べたら故人が出てくる夢について以下の分析がされていた。どうにでもとれるな~。結論は、亡妻への執着が共有物・体験を一掃する決断をきっかけに深層から現れたという事だ。

①新しい状況への変化、問題解決の兆し
②死に対する感慨、死者に対する喪失感・悲哀・消えない愛情・罪悪感・怒り
③無意識のメッセージ

「疲れるな~、今更出てくるなよ」とおもった。思い出の写真や物品を見ては懐古していた春頃とは違う自分だった。今は懐古する気持ちになるのが嫌だ。未来へ猛進出来なくなるからだ。その証拠にこうやって記事を起こしている。「変な夢みたな~」で瞬殺できる強い自分が理想だ。


by 1959-01-28 | 2018-08-28 13:06 | 雑感・お知らせ・一人暮らし | Comments(0)

来月に雨天順延した三回忌をする。その後に自宅の売却をして遺品や思い出の品も捨てようかとおもう。私にとっては断腸の思いなのだが、"亡妻"+"遺品"で検索すると、みんな簡単に捨ててあっさりと再婚までしている???。そして後妻の為に位牌や写真でさえ捨てている。確かにもう絶対に再会できない相手だから執着してはいけないとおもうし、ピアノ+写真+四畳半に生きる超ミニマムライフに憧れる自分も存在する。そもそも、ジャズピアノ=即興を始めた動機は、大変身することにより過去の思い出を上書きして、同時に"思い出をもう残さない"という決意をしたからだ。だから午前中にピアノが行き詰まり泣き言を言ったが、今まで5時間以上は練習をしていた。自分は後に戻りたくないのだ。

がらんとしたスタジオと居住間がだけ残った自宅にいても何にもならない。ここで思い出に浸り一人孤独に暮らしているのは第三者的に自分を観察してかなり"ヤバい"状況だ。この陸の孤島のニュータウンのロケーションの悪さがさらにそれに拍車をかける。とり急ぎ実家に駒を進めよう。あ~、実家の遺品も邪魔だ。その後は?、、それは母親が9年後に他界して日常の見舞いから開放された時だ。私は68歳になっている。ということは後は有料老人ホームか?。いやいや健康年齢はあと7年残っているぞ。いずれにせよ、残された時間は本当に少ない!!!!!。

by 1959-01-28 | 2018-08-27 20:29 | 雑感・お知らせ・一人暮らし | Comments(0)

いか~ん、、、。さっきの記事を書いてから窓をあけて換気していたら、湿った熱い空気が部屋に充満してきた。外はやけに静かで、、、。これは2年前の同日と同じ雰囲気だ。つまり亡妻が他界した週だ。7月8日の0時過ぎが命日となる。やばい、亡妻が怒っている。あの時の最終看護の日々を思い出した。意識がなくなり骸骨のようにやせ細った亡妻をただ傷つけないように、痛くないように必死でケアしていた。

「あなたのことを見守っているのに~」とか言ってそうだ。生前はすごいヤキ餅焼きだったのできっとそうだ。亡妻の時のように若い女性を支援しようなもんなら嫉妬で怒り狂うだろうな、、。「でもだよ、このままおいらは霞のようなお前との思い出を食べているだけで、あと20年で死ぬのか?」と怒りたくもなる。感情的になり泣いている姿が見えてしまう。

なんてね。いやいや、これは自分の脳が都合よく考えていることだよ。というか、そう考えなければ前進できない。今を生きていけない。愛する対象としての実態がなければ人間として生きていけない。と、にわかフランスかぶれの強い自分がいたりする。

だけど、パリの教会のミサで号泣していた自分がいたりしてもう支離滅裂だわ。夫婦というのは神秘的で不思議なもんだ。愛とは永遠のテーマだね。と、ろくでもない爺さんは今更におもう。中学生の時に"All you need is LOVE"や"LOVE"を聴いてもピンとこなかったが、こういう事だったのだね。"アダムとイブ"も"LOVE & PEACE"そうだし、人間の生きるモチベーションはすごく単純だったんだ、私は今、気がついたよ。

by 1959-01-28 | 2018-07-02 21:54 | 雑感・お知らせ・一人暮らし | Comments(0)

ANAからお誕生日の壁紙プレゼントのメールが亡妻宛に来て気がついた。近所のイオンで、金箔入りのお祝い酒とケーキを買ってきた。お酒は季節はずれ品で特価¥380、ケーキは半額¥158。ケーキは途中で気持ち悪くなったが完食した。
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by 1959-01-28 | 2018-02-06 18:55 | 雑感・お知らせ・一人暮らし | Comments(0)

「『妻がモネ関連を好きだったことを今日初めて知った?』もしそれが本当なら、そんなだから妻の霊が乗り移るのですよ!。奥様は幾度もあなたにそのお話をされていた筈です。それをあなたは、きっといつも上の空で聞いていたのか聞いていなかったのか…多分聞こえてはいたのでしょうね。それがいつの間にやら刷り込まれて自分の想いと混同してしまった。"霊"は半分冗談として、今も日々の奥様との会話の中で、ふっとその事が出てきたのでしょうね。それを私はちっとも不思議には思いませんよ。私は亡くなった人を生前より身近に感じますもの。」

昨日の"亡妻の霊がどうのこうのと私が迷っている"類の話は、喫茶店のママさんの大好物だったようだ。さっそく指南された。確かに一理あるな、聞いていたかも。夫婦は互いに似てくるというのはこういうことなんだな。暗示が今頃効いてきた?、私の亡妻への愛着が強いから?。直感では、霊はいていつも見守られている=監視されている、と考えたほうがいいなと感じる。孤独でなく安心できて、これからも長生きしようかなとおもえる。

by 1959-01-28 | 2018-02-06 09:54 | 雑感・お知らせ・一人暮らし | Comments(0)

思い出を整理しようと亡妻のPCのデータ消去にとりかかった。

10年前にエジンバラ演劇祭に出演した時の掲載広告がでてきた。人生は40代でピークを打つというのは本当だな。今じゃ面倒臭くてあんな大仕事はできないよ。毎年日本人は3組程度しか出れていないから、これは貴重なので保存しておこう。パリでのパフォーマンスでのPRに使えるかもしれない。

ブラウザの"お気に入り"からモネ関連のものが沢山でてきた。これにはびっくりした。多分、欧州旅行はパリを拠点にしていたので、自分で調べていたのだろう。好きだったんだ。しかし本人からは何も要求がなくジヴェルニーに行きたいと口に出していなかった。

心残りだったんだろうな。だから、この最近、私に乗り移っている、、、。私が、急に腑に落ちて印象派ピアニストに転向したのも、そのモチーフがモネだったのも、私も実は正月にジヴェルニーに行く行程を調べていたのも、全て亡妻が操縦していたのかもしれない。

夫婦というのはこんなに絆が強いものなのか~。と人ごとのように感心してしまった。むかし"ゴースト/ニューヨークの幻"という映画を二人で観たのを思い出した。同じだなとおもい感傷に浸りかけたが、私たち夫婦の場合はストーリーが違うことがわかり正気にかえった。亡妻は単にもう一回パリに行ってジヴェルニーに連れていって欲しいだけや。いったいいつまで尻に敷くつもりなんだ。
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by 1959-01-28 | 2018-02-05 19:13 | 雑感・お知らせ・一人暮らし | Comments(0)

今日は朝から断捨離

雨だったが、軽トラをレンタルしていたのでしかたがない。電子ピアノと舞台の大道具をクリーンセンターにもって行くことにした。

電子ピアノは2週間ほど雨ざらしにしていたので、外装がぶよぶよになっていた。外観は木目の壁紙で、日光によって縮んでめくれ上がっていた。構造材になっている板をよく見ると薄い紙パルプが張り合わされているだけだ。その接着部が雨水にぬれてその薄い紙どおしが剥がれていた。今のフェイクな世の中を映し出しているかのような光景だった。こんなものに愛着は感じない。

大道具はよく作った。描いている絵も含めてだ。裏には手伝ってくれた当時のダンサーたちが書いた落書きが一杯だ。みんな青春していた。さあ、全て捨てて次のステップに行こう!。
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by 1959-01-28 | 2017-10-16 18:22 | お出かけ・出会い・おいしいもの | Comments(0)

亡妻に感謝を言いたい

亡妻との離別後、さまざまな出会い・発見がある。「亡妻に"生かされている"」とおもうと納得がいく。ただ理性は「違う、自助努力の成果だ」と言う。しかし、生かされていると思いたい。人は愛がなくては生きられない。
by 1959-01-28 | 2017-09-30 22:16 | 雑感・お知らせ・一人暮らし | Comments(0)